ストレスチェックの集団分析結果をご説明していると、よく質問いただくのが若手層のエンゲイジメント向上施策、そしてキャリア形成についてです。
退職理由としてしばしば目にする「キャリア」は、多くの従業員が一度は悩むものであり、また一方でどのようにキャリア教育を行っていけばよいか課題感を抱えている人事担当者も多いのではないでしょうか。
そこで本日はキャリアについての新しい考え方「キャリアドリフト」をご説明いたします。
キャリアドリフトとは
キャリアドリフトとは、終身雇用制が崩壊しつつある現代において、あえて状況に合わせて漂流し、変化に対応することで、その時に得たチャンスを生かしてキャリアを築く考え方です。
そもそもは神戸大学大学院の金井壽宏教授が提唱したキャリアについての理論であり、キャリア(career/仕事の経験)とドリフト(drift/漂流)を合わせた言葉となっています。
皆さんが生まれたころ、私たちが今手にしているスマホを想像できていた人はどれくらいいるでしょうか。
令和の時代に生まれた子どもが大人になるころには、今の社会に存在する職業自体が失われている可能性もあります。
キャリアドリフトでは、日々新しい働き方、職業が生まれている時代だからこそ、「キャリアプランニング」や「キャリアデザイン」といったものにとらわれず、新しい波にあえて身を任せることを推奨しています。
実際、ビジネスにおいて成功した人物のキャリアを調査すると、なんと8割が本人の意図しない偶然により成功を勝ち取っているという結果があります。
これはジョン・D・クランボルツ教授が提唱する「計画性偶発性理論」のきっかけとなる研究ですが、このキャリアドリフトにも近しいものがあるように感じます。
キャリアデザインなどとの違いは?
キャリアに関する言葉として良く上げられるのがキャリアデザインやキャリアプランニング、キャリアビジョン、キャリアパスといった言葉です。
これらはキャリアドリフトとどこが違うのでしょうか。
キャリアデザインとキャリアドリフトの違い
キャリアデザインとは、今後どのような人生を描きたいのかを具体的に描き、理想を実現させるための設計図を描くものです。
理想の実現に向けて足りないスキルや経験を補ったり、勉強したりすることで、努力の指針を立てるものとして使われます。
キャリアドリフトはあくまでも状況の変化に身を任せてキャリアを築いていくため、主体的にキャリア設計をしていくキャリアデザインとは対極の存在と言ってもいいでしょう。
キャリアプランニングとキャリアドリフトの違い
キャリアプランニングは、キャリアデザインと限りなく近いものですが、キャリアに向けて、さまざまなプラン(施策)を考えるものです。
キャリアデザインにくらべて、より具体的な落とし込みをする場合に使用される傾向にあります。
キャリアドリフトは、将来どういう職歴をたどっていくかを計画していくキャリアプランニングとは違い、そのときどきで「自分がどう働きたいか」に重きを置いてキャリアを形成していきます。
キャリアビジョンとキャリアドリフトの違い
キャリアビジョンは、自分の目指す未来の理想像、すなわちゴールの部分を指しており、「キャリアデザイン」「キャリアプランニング」に包含されているものとも言えます。
キャリアデザインやキャリアプランニングにはキャリアビジョンが必須ですが、キャリアドリフトでは必ずしも必要としません。
キャリアパスとキャリアドリフトの違い
キャリアパスは、企業内で従業員がどのように経験すれば役職やポストに就くことができるのかといった、出世やキャリア形成における道筋を指します。
キャリアパスがある程度定められていることで従業員の成長における不安感が薄れ、目標に向けて邁進しやすくなると言えますが、きちんと定められている企業はまだまだ少ない印象です。
一方で、キャリアドリフトは道筋を最初から定めることをしません。
本人の希望していない部署への配属や本人の意図しないプロジェクトへの選抜など、キャリアパスから外れてしまったときに、チャンスに活かせるかどうかを考えて行動していくのがキャリアドリフトです。
キャリアドリフトが生まれた背景とメリット
キャリアドリフトの最大のメリットは、希望に沿わない配属などによるモチベーションやエンゲイジメントの低下に起因する従業員のストレスを軽減し退職を防止する点にあります。
従業員が現在の状況に合わせて自らのキャリアを考え、希望と必ずしも一致しない現在の状況をどう活かすかの視点を抱けるようになることで、業務に対して前向きになり、そこから得た経験をエンゲイジメントへと昇華させやすくなります。
「希望と異なるからやりたくない」「自分の目指すキャリアと違うから辞めたい」といった想いにとらわれることなく、挑戦し、次のステップにつなげることで、柔軟性が育ち、時代の変化に強い人材を育成できるでしょう。
企業側、従業員側ともにメリットがあるのがキャリアドリフトという考え方です。
キャリアドリフトという言葉が生まれた背景には、テクノロジーの進化で社会が目まぐるしく変化し、将来の見通しが立たない状況があります。
さらに、コロナ禍が収束する気配もなく、先行きが見えない現代において、「今後この会社に就業し続けてよいのか」「自分はどうすれば生き残ることができるのか」といった不安感から自身のキャリア形成についてより慎重に考える人が増えています。
今後はキャリアデザインやキャリアパスは不要になるか
キャリアドリフトが注目されつつありますが、今後若い社員を育てていくにあたり、企業としてのキャリアデザインなどが不要となることはないでしょう。
キャリアドリフト的思考の社員育成を成功させるための秘訣は「本人がどれだけチャンスとめぐり合い、そしてそこでキャリア(成長)をつかむことができるか」にあります。
しかし、新人にどの程度のチャンスや成長の機会を設けるかは、経営層の方々や上司のマネジメント次第です。
キャリアドリフトの特徴には「受け身」という側面があるため、企業のマネジメント次第では従業員が新天地にチャンスを求めて退職を決意してしまいかねません。
つまり、キャリアドリフト的思考を持つ社員を育成するためには、ある程度のキャリアパスを企業側が描いておく必要があります。
キャリアドリフト型社員育成、成功のコツは「キャリアアンカー」にある
キャリアドリフトの成功のコツは、キャリアを形成する際に本人が指針とするような重要な価値観「キャリアアンカー」にあります。
この会社で働き続けるために、成長するために「必要なこと」を若手時代にしっかりと育てておくことで、さまざまなチャンスに巡り合った時に次のステップに進む際の指針になります。
キャリアアンカーを根付かせ、しっかりとキャリアドリフトの考え方を浸透させることで、どんな時も柔軟に対応できる従業員へと育成できます。
若手育成にお悩みであれば一度、どのように育成しているのか今一度見直してみてはいかがでしょうか。